私が脱サラすることになったいきさつをここで詳しく述べることはしません。

まぁ、簡単に言えばリストラで首になったようなものでした。世間にはごまんとある、ありふれた事情です。

 

◇不合理さに怒りを感じる!

しかし、世間にはありふれた話であっても、私にしてみれば人生初のリストラであり全く想定外でした。

最終役職は技術部門の部長職でした。自分がリストラされると知る直前まで部下のリストラ案を作成していました。

何というこっけいさでしょうか。明日は我が身とはまさにこのことでした。

自分が20年あまり務めた会社からリストラされてみると、実に複雑な思いがしました。

職を失う不安や心配はむろんですが、なぜ自分がリストラされなければならないのか、その不合理さに苦しむのです。納得がいかないのです。

口惜しさや腹立たしさもありました。言いようのない怒りもありました。

しかし、しょせん会社とはそういうものです。会社にとって必要な人材かどうかは会社の都合、もっと言えば人事担当者の都合で決まるのです。

「誰がみてもあいつは不要社員だ、即刻首にした方がいい。」

そんな社員も確かにいるでしょう。上司の指示に従わない、顧客に迷惑をかける、職場の規律を守らない、そんな札付き社員はさっさと辞めてもらいたい、そう思うのは当然です。

でも、そんな社員ばかりがリストラで首になる訳ではありません。

 

◇リストラは能力で決まる訳じゃない!

私自身が何人もの社員のリストラにかかわってきたのでよく分かります。組織がリストラを行うときは、まずは数字ありきです。コストカットの為にリストラを行う訳ですから、当然目標値、ノルマがあるのです。

人件費をいくら削減しなくてはならない、と言う目標があって、それにはこのクラスの社員を何人リストラしなくてはならない、といった計算が先にあるのです。

そしてはじきだされた人数をどうやって選び出すか、そこを人事担当者が鉛筆ナメナメやる訳です。

会社の規模にかかわらず、人事評価制度なるものはあるでしょうが、必ずそこに人間の主観は入ります。主観の入らない人事査定などあり得ません。

ハッキリ言えば、人事担当者の好き、嫌いが反映されることもあります。

さて、20年務めた会社を首になった私ですが、現在はサラリーマン時代の最高年収を軽く超えています。しかもストレスフリー、好きなことだけやって毎日楽しく過ごしています。

「よくぞ私を首にしてくれました!ありがとうございます!」

私は冗談抜きでそう感謝しています。あのアホ役員、おバカ上司、ありがとう。心からそう思います。

もしもあなたがリストラの憂き目にあったなら、決して会社の価値観、判断基準に負けてはいけません。あなたに能力がないのではなく、単に会社の都合、人事担当者の都合でリストラになっただけなのです。

あなたにはこれからもっと大きなチャンスが待っています。きっと会社を首になったことを感謝する日がやってきます。

だから前を向いて新しい人生を歩んで下さい。胸を張って、堂々と歩んでください。

脱サラアフィリエイターもその選択肢の1つです。